嫁、骨折る。愛、つながる。

嫁、骨折る。愛、つながる。

嫁が左腕の骨を折った。正確には上腕骨近位端骨折。命には別状はないものの、お互いにとって初めて経験する手術が必要なほどの大怪我だった。

日帰り骨折弾丸ツアー

事の発端は2016年3月11日。東日本大震災からちょうど5年となるその日に、福島に復興支援も兼ねて嫁とスノーボードへ行った。3月10日の夜中に出発するといった、年齢の割に無茶をした強行弾丸ツアーだ。しかも千葉県船橋市から下道一本で。

無事に到着したは良いものの、案の定、ほとんど睡眠をとる事ができなかった。嫁は助手席でうたた寝をしていたものの、お互い万全ではない状態で準備体操もロクにせずにリフトへ向かった。この考えが甘かった。

転倒し運ばれる嫁

私は寝不足だと腸に出やすいタイプの人間で、この日も朝からずっと腹痛に襲われていた。それにも関わらず、トイレを我慢して一発目のリフトに乗ったため、嫁を置いて自分だけ颯爽と先に滑って行くような出だしとなった。

嫁に関しては、今シーズン3回目だがまだまだ初級レベル。3月初めという微妙なコンディションの雪質で、なおかつ本日1本目という事もあり、嫁の動きはぎこちなかった。

私は先へ進んでは止まり、いつものように斜面に座り込む嫁を下から見ていた。便意も後押しして、なかなか立ち上がらない嫁にイラついていたが、異変に気付いたのは他のグループが嫁に駆けつけている姿を見てからだった。

直ぐさま自分のバインディングのストラップを外して斜面30度の上級者コースを駆け上がる。距離にして100mはあった。途中で息が切れたが、足を止めている場合じゃないことは何となく分かっていた。

そこには左腕を抱える嫁の姿があり、辛そうな表情で事の深刻さが伝わった。駆け寄ってくれたグループにいた男性がレスキューに電話してくれたらしい。破損が心配で携帯すらを持参していなかった自分。目のまで嫁が苦しんでいるのに何もできない無力さがとても辛かった。

転倒した位置が頂上付近だったということもあり、レスキューが到着するまでかなりの時間がかかった。おそらく30分ほどだろう。

レスキューが到着し、ソリに乗せられる嫁。これまで何度もレスキューに運ばれている人を横目で見ていたが、身内がこうなるのは初めてだった。

医者も笑うほどの見事な骨折

医務室に着いた後も嫁の容態は変わらず、職員によれば明らかに折れているとのこと。直ぐに駆けつけた会津中央病院で撮影したレントゲンには、見事に折れて、完璧にズレてしまった骨がはっきりと写っていた。

上腕骨近位端骨折

治療には手術が必要とのことで医師に紹介状を書いてもらい、その日のうちに自宅がある千葉県船橋市の整形外科まで帰ることになった。

距離にして318.9km。すでに6時間以上運転しており、24時間以上眠っていなかったが、激しい後悔と居た堪れなさで眠気はなかった。

自分を責めないければ辛くてやってられない

整形外科の診察時間にギリギリ間に合い、再度レントゲンを撮る。ひとりになった待ち時間は、あらゆる後悔が頭をよぎった。

「あの時、滑る前にトイレに行っておけば…」
「あの時、十分な準備体操をしておけば…」
「あの時、宿に泊まって疲れをしっかりとっておけば…」
「あの時、早割リフト券を買わなければ…」
「あの時、自分がスノーボードをしていなければ…」
「あの時、自分と出会ってなければ…」

いくつもの分岐点で間違っている選択肢を選び続けた結果、こうした事故は起きると身を持って知った。

「自分のせいで嫁は痛い思いをしている」
「痛みに耐えて辛い日々を送らなければならない」
「入院して手術までしなければならない」
「全ての責任は自分にある」

嫁が骨折した日から3日間は同じ事ばかりを考えていた。とにかく、ただただ悔しかった。「後悔先に立たず」とは分かっているが、何度も何度も後悔した。嫁が寝た後、食器を洗いながら声を殺して泣いた。シャワーを浴びながら止まらない涙を出し切った。

自分を責めないければ辛くてやってらんだろう

海外ドラマのウォーキングデッドで妹を亡くしたアンドレアにデールがかけた言葉だ。

ウォーキングデッド アンドレア デール

まさにこの状況が当てはまる。「ごめんね」「自分のせいだから」と嫁は言ってくれるが、自分を責めて自分が傷つかなければ耐えられないほど辛かった。

嫁が骨折して失ったものと得たもの

失ったものをかなり大きい。入院費や手術費といったお金はもちろん、嫁に関しては大切な仕事の話があっさりと流れてしまった。

全治3〜4ヶ月で夏までは満足に左手を動かすこともできない。体内には金属が埋め込まれ、腕には大きな傷が残る。

一方で得たものがあった。何でもない日常のありがたさと、嫁に対する愛の再確認だ。

健康な身体で不自由のない生活を送れる幸せは、一度、当たり前が崩壊しなければ気がつかない。今回の骨折は、それを再確認するには十分すぎる出来事となった。

洗濯、掃除、調理、食器洗い。これまでは、ほとんど嫁がやってくれたことを全てやる必要があった。それがいかに大変なことかを気付かされた。

まともに日常生活をおくれない嫁を介護する毎日。着替えを手伝ったり、風呂場で頭を洗ったり、腕が痛くないようにベッドメイキングもする。寝返りがうてないため2時間おきに目が覚めてしまう嫁に合わせて、目を覚まし、体勢を整え眠るまで見守る。辛くないと言えば嘘になる。

でも、それ以上にこんなボロボロな身体になってでも、毎日笑顔を絶やさない嫁が愛おしくてたまらない。無傷の俺が腐ってる場合じゃないと気合いが入る。

こんな「当たり前じゃない日々」が当たり前になってからは、自然と涙は出なくなった。

骨を折った代わりに愛をつないだ

付き合って10年目、結婚して1年目。同棲の延長で結婚し、すっかりマンネリ化していた二人にとって、今回の骨折がお互いにとって大きな人生のターニングポイントになったことは間違いない。

「骨折して良かったね」と声に出して言ったら嫁に殴られるが、自分の中ではある種の「戒め」となった。

  • 物事は万全を期して行動しろ
  • 予期せぬ怪我に備えて身体を鍛えろ
  • 後悔しないように、日々、嫁を愛せ

今一度、嫁の存在に感謝して、これからも一生かけて幸せにすると胸に決めた春先の出来事となった。

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